名古屋港ガーデンふ頭の紹介 ※写真をクリックすると拡大します。
名古屋港は昔、今の熱田神宮の近くにあり、「 熱田湊(あつたのみなと)」と呼ばれていました。東海道五十三次唯一の海路として、熱田の「宮の渡し」と桑名の「七里の渡し」を結んでいました。
明治40年、もともと別の街だった熱田が名古屋市に編入され、熱田港は「名古屋港」として開港しました。
この開港時に建設された桟橋が中央ふ頭として整備され、後に整備された西ふ頭、東ふ頭を加え、昭和30年代まで名古屋港の主力ふ頭として活躍していたエリアが現在の「ガーデンふ頭」です。
昭和40年代に入り、港湾機能は少しずつ外海に近いエリアに移し、中央・西・東ふ頭を市民に親しまれる港として整備していくこととなりました。
「ガーデンふ頭」は、昭和50年代以降順次整備され、現在の形になっています。
名古屋港全体から見たらとても小さな面積の「ガーデンふ頭」ですが、名古屋の市民が「名古屋港」と言う場合には「ガーデンふ頭」をイメージすることが多く、「ガーデンふ頭」は名古屋港のシンボル地区と言えるでしょう。
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